介護報酬の改定案
2006年03月28日
「施設から在宅へ」を実現するには
03年4月から、介護保険サービスにおける報酬単価が改定される。
単純に単価を変えるだけでなく、サービスの枠組みも一部改定されるなど、制度自体にテコ入れがなされる予定だ。
その新報酬案が、1月20日の社会保障審議会介護給付費分科会で厚生労働省から提示され、23日に審議会の了承を得た。
すでにマスコミ各社の報道では、施設4%減・居宅0.1%増、全体で2.3%減という数字が大きく取り上げられ、
「居宅サービス事業者の経営状態に配慮しつつも、施設サービスの自己負担が下がるためにかえって施設入所の志向が高まるのではないか」という論調が並ぶ。
確かに総合的な数字をふかんすれば、そういうことになるかもしれない。市場原理からすれば、厚生労働省がうたう「施設から在宅へ」という流れには程遠いといえるだろう。
だが、個々のサービス単価をじっくり見て行くと、面白い仕掛けがあることに気付く。
通所サービス(デイサービス・デイケア)と短期入所サービス(ショートステイ)がそれだ。
この2つは居宅サービスに属しているが、同じ居宅サービスである訪問介護の家事援助費が、生活援助という形で単価を上げたのに対し、こちらの方は全体的に単価を下げている。
そもそも、1日1~2時間、週に数回という訪問サービスを少しくらい増やしたところで、「施設から在宅へ」という流れが加速するとはとても思えない。
施設の強みは何といっても「24時間365日、プロの介護職が付いている」こと。
これに対抗できる安心感を訪問サービスだけで作り出そうとするなら、ヘルパーステーションを併設させたケア付き住宅のような環境を提供するしかないだろう。
(これを実現するには、自治体が本気で介護事業の基盤整備に乗り出す必要があるが、そこまで気概のある自治体はまだ数例しかない)
在宅介護を早急に推進するのであれば、訪問系サービスよりも、むしろ通所や短期入所系のサービスを使いやすくする方が先だろう。
もちろん、訪問系サービスをリーズナブルにすることも大切だが、訪問系というのは、サービスを提供する側が十分気を配らないと「密室性が高い」「閉じこもりがちになる」という弊害が常に顔をのぞかせる。
利用者の急な体調変化などへの対応が遅れがちになるというデメリットも無視できない。
これに対し、通所・短期入所系サービスは、利用者同士が顔を合わせることで交流機会が生まれやすい、きちんとした第三者評価の仕組みがあれば開かれた環境の中で高齢者虐待などが起こりにくいというメリットがある。
介護疲れに陥りがちな家族にとっても、まる1日から2日程度要介護者と離れることでリフレッシュがしやすくなり、メリハリのきいた介護ができるだろう。
確かに、今回の介護報酬の改定案にはまだまだ問題点も多い(この点は次回指摘したい)。
だが、少しずつではあるが「施設から在宅へ」の種はまかれている。今回の改定案をたたき台として、2年後の制度改正に向けた議論を、焦点を絞って築き上げていくことが必要だろう。
施設の報酬減が、現場を崩壊させる?~
今月3日、東京都羽村市の特別養護老人ホームの理事長が労働基準法違反の疑いで逮捕された。
職員一人当たりの残業時間が平均50時間を上回っていたにもかかわらず、残業代をほとんど払っておらず、タイムカードの改ざんまで行っていたという極めて悪質な事件である。
ここまでひどい事件は特別だが、介護現場を取材していると、多かれ少なかれ施設スタッフの待遇の悪さについて考えさせられることがあるそうだ。
介護サービスというのは、ユーザー側の身体や心に直接かかわってくる分野であるがゆえに、働く側の生活やメンタル面の健全性を軽く見ることは、業界そのものが崩壊する危険性をはらんでいる。
実は、1月に出された介護報酬の改定案を分析するに当たり、働く側の環境が悪化するのではという危ぐが高まっている。
特に問題なのは、仮単価だけで4%もダウンした施設サービスに関してである。
もともと施設サービスの単価ダウンの前提には、「赤字の多い居宅介護事業者に比べて、施設の経営状態は良好」という調査分析がある。
この調査の信ぴょう性自体怪しいところだが、問題なのは「なぜ施設は黒字なのか」という考察がほとんどなされていない点だ。
言うまでもなく、施設側の黒字幅は、ほとんどが現場職員の低待遇によって支えられている。
このうえ4%もの単価ダウンが現実になれば、介護職によって生計を成り立たせること自体が不可能になる。
冒頭に示したような不正行為も増加するに違いない。
お金の問題だけではない。
施設側の報酬改定で見逃せないのが、「退所に関する指導や相談援助」にさまざまな加算項目が加わったことだ。
これに要介護度の低い人ほど仮単価が低くなるという改正点をプラスすると何が見えてくるか。
要介護度の低い人を多く入所させるほど、施設側の経営は圧迫される。
そういう人々を退所させるほど加算が付く。つまり、「元気な人ほど施設から在宅へ」というスローガンのもと、要介護度が低い人への「施設追い出し」圧力が強まりかねない。
だが、単価が低くなるということは、利用者負担も低くなるということで、利用者側の「入所したい」「出ていきたくない」という意向も強まるに違いない。
(実際は利用者本人というより、その家族による思惑が強いのだが)
施設側と利用者側の思惑がぶつかりあったとき、現場で板挟みになるのは誰かといえば、利用者に最も近い現場職員にほかならない。
低待遇を高い志で必死にカバーしている彼らに、この上メンタル面を悪化させる要因が加わるとすれば、介護現場を支える人材の損失にもつながりかねない。
一番怖いのは、介護の質がメルトダウン*を起こし、利用者の命にかかわる事故が発生することである。
事故の増加は「危険な職場」のレッテルにつながり、揚げ句は「介護職になどなるものではない」という風潮が生まれる可能性もある。
せめて冒頭のような事件に対して行政が厳しい姿勢を貫くとか、職員のメンタルケアを義務付けるなどの対応を望みたい。
* メルトダウン(meltdown)
原子炉が事故を起こして、炉心が溶解すること。